225日:むなしいたわむれ
朝、地震で目が覚める。
すぐにテレビをつけて震源や震度を確認。
するとさらに大きな地震。去年の3月が軽く蘇る……。
昨日から「Twitterでビジネスを加速する方法」という本を読んでいるが
やってみたいと思う反面、顔写真を出した方がいいっぽいけどやだなとか
自分の場合はどうプロフィールをまとめりゃいいんだろうとか
よけいなあれこれに悩む。
でもプロフィールで悩むのはたぶん本質的な問題。
つまり、これまでの実績が自分の本意ではなく
かといってこれに詳しいとか示せるものがない。
そこにライターとしてパッとしない大きな原因がある気がする。
というか、最近は「ライター」という呼び名も嫌になってきた。
まだ「書き物職人」のほうがいい。
仕事がない間に、自分の今後の仕事の軸足をどこにおくか、真剣に考えねばならん。
目先の金も大事だが、長期的展望に立って。
馬券はシルクロードSを3連複を3点900円分買ったものの
自分が買った馬は1着、2着、しんがり。外れた……。
夕方、iBookの中身を全消去してOSを再インストール。
かなり時間がかかるので、
その間に高校生のとき以来となる
梅原猛の「学問のすすめ」(第2章「創造への道」)を読む。
当時、数学の家庭教師をしてくれていた女子校の先生(男)がくれた本。
雑談の中で「最近『ブッダのことば』を読んでます」と言ったらプレゼントしてくれた。
そのころ仏教の「四苦」にちょっと興味があった。
理由は中学のときにハマっていたアニメ「聖戦士ダンバイン」なのだが
今思うとあまりにもアホなので詳細は伏せる。
それはともかく、
この「創造への道」はニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」で始まっているので
本棚から岩波文庫の「ツァラトゥストラはこう言った」を引っ張り出して目次を眺めると
「創造者の道」という章があった。
これにかけてんのか。
ニーチェを読み直すのは後にするとして
「学問のすすめ」を読んでいるとこんなくだりがあった。
人間のする一切のことは、所詮、死の不安を忘れるために、
人間が発明したむなしいたわむれである。
自分が常々思っているのは
「人間のする一切のこと、たとえば仕事とか趣味とかは、
所詮、退屈と自分の存在の重さを忘れるために、
人間がしがみついて安心するたわむれである」ってこと。
だから、グッときた。
まあ、そんなへりくつばかりいっているから貧乏なのだが。
ううむ、
やってきたことと、やりたいこと。
できることと、できないこと。
得意なことと、そうでないこと。
語学と、哲学・宇宙・小説・映画。
ううむ、
セルフブランディングってなんぞや。










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